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2021年4月20日 (火)

ワクチン接種と動物病院!

本日、ご主人様は我々を連れワクチン接種に行っておりました。

今、徳島は新型コロナ(変異株)が、猛威を振るっています。

何時もなら町役場から、今頃は狂犬病ワクチンの案内が来るのですが、今年はコロナ感染拡大の影響か未だ来ません!

そこで本日、動物病院でワクチン接種をすることに。。。

この動物病院の先生は、ご主人様が務めていましたO製薬会社研究所の後輩で、約10年余り勤務した後に念願の開業を果したそうです。

下の写真は、その動物病院での外観です。

420

とても素晴らしいドイツ風様式の病棟です。

病院名は、『 リューネ動物病院 』と言います。


本日は、この病院名に纏わる「深イイ」話をしたいと思います。


動物病院がある鳴門市大麻町坂東は、第一次世界大戦で日本の捕虜となったドイツ人の坂東俘虜収容所があった所です。

リューネと言う名前は、鳴門市と姉妹都市のドイツ・リューネブルク市から取り命名された様です。

この俘虜収容所と地元民の交流はとても良い関係であった様です・・(^^♪

それは、収容所の松江所長のドイツ人捕虜への配慮がとても立派だったと言うことは今も地元民に伝承されています。
また、ドイツ人捕虜からも大変尊敬されていた人物と言われています。

それでは、松江所長が如何に素晴らしい人物かをネットで検索しましたので、その記事を添付しておきます・・( 必見! )

・・・・・・・

板東俘虜収容所の所長には、当時44歳の松江豊寿が任命された。
陸軍のエリート街道を進んできた彼だが、戊辰戦争に敗れた会津藩士の子として、降伏した者の屈辱と悲しみを目の当たりにして育った苦労人でもあった。
「薩長人ら官軍にせめて一片の武士の情けがあれば」、そうつぶやく周囲の大人たちの苦悩の表情は、幼い松江の心に深く刻み込まれていた。

「武士の情け、これを根幹として俘虜を取り扱いたい」

ドイツ兵捕虜を収容所に迎える前日、松江は部下にそう伝え、捕虜を犯罪者のように扱うことを固く禁じた。
捕虜という存在の理不尽と悲しみを、真に理解する松江の収容所運営はこうして始まったのだった。

それまでの収容所で経験した劣悪な環境から、警戒心を持って板東俘虜収容所にやって来たドイツ兵たちに、松江はまずこう語り掛けた。
「諸子は祖国を遠く離れた孤立無援の青島において、絶望的な状況の中にありながら、祖国愛に燃え最後まで勇戦敢闘した勇士であった。
しかし刀折れ矢尽き果てて日本軍に降ったのである。
だが、諸子の愛国の精神と勇気とは敵の軍門に降ってもいささかも損壊されることはない。
依然、愛国の勇士である。それゆえをもって、私は諸子の立場に同情を禁じ得ないのである。
願はくば自らの名誉を汚すことなかれ……」

・・・・・・・

松江所長は、とても素晴らしい人物だと思いませんか!?


戦争中にも拘わらず、この様な捕虜に対する配慮(思いやり)は、日本人として尊敬に値すると考えます!・・( 拍手 )

開放されたドイツ人捕虜は、母国に帰るなり日本における松江所長や地域住民の親切に心より感謝し、あらゆる機会をとらえて日本人の素晴らしさを伝承した様です。

そして現在では、鳴門市とドイツ・リユーネブルク市が姉妹都市として提携し、 相互の文化、産業、経済の交流を図り両市の友好を促進することを目的に活動しています。



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